序章~逢瀬~

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満月には力があり人界に少なからず悪影響を与えてしまうのである。その影響を最小限に押さえなければならない立場にあるモーリアスは人界に結界を張っておかなくてはならず、小さな綻びで崩れてしまう繊細な術であるから、モーリアスはおいそれと聖月宮どころか神殿からも離れることが出来ない。 季節の入れ替わりの時期を除いてきちりと閉じられた人界へと続く門も、その時だけは開かれる。 いつもは人界に来るどころか聖月宮から出ることすら容易ではないのだが、満月の夜ともなると、比較的楽に行動出来るようになるのだ。 その証拠にフィリスはここにいる。 「お母さまには、本当に申し訳ないけれど……」 ふと、とまっていた空気が揺らめき動く。 心地よい風が、月色の髪を軽く持ち上げ揺さぶった。 「どうしました?フィリス」 心配そうな声が耳朶(じだ)を打つ。 顔を上げれば漆黒の髪と穏やかな榛色の瞳を持つ青年の姿。風を操り浮かんだ、均整のとれたすらりとした肢体。 待ち焦がれた、想い人。 知らず頬が綻んだ。 「椎名さま…」 そう呼ばれた青年は小さく頷くと、遅くなりました、と苦く笑った。
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