月想恋歌

第二章 1 過去の傷跡

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満月の夜。
まわりを森に囲まれた広場の中央に見事な枝振りを誇る一本の大樹が山吹色の花を咲かせ、黄緑色の若々しい葉擦れの音を夜空に送りだしていた。さらりと渡る風が盛りとほころぶ花々の芳(かぐわ)しい香りを絡めとっていく。
黄緑の葉が折り重なる隙間からぽつぽつと山吹色の花を咲かせ、広い範囲に渡って枝を伸ばしているその下に、ひっそりと佇むふたつの人影がある。
乙女と青年。
乙女の長い月色の髪に淡い銀色の髪飾りが煌く。肌は薄闇の中にあってなお白く、淡雪がひかりを受けて輝くさまに似ていた。月色の瞳をふちどる眉はきれいな弓形でやさしげな笑みをたたえた唇は桃色。
瞳と髪の色で、乙女が人でないと知れた。

「椎名さま」

乙女はささやくように青年の名を呼んだ。
青年の碧味を帯びた榛色の瞳に穏やかな光が映る。きりり、と引き締まった唇がなんとも頼もしい。若木のようにしなやかに伸びた手足は、物腰がやわらかなぶん上品に見えた。
静かな雰囲気の中に、芯の強さを感じさせる青年であった。