第二章 1 過去の傷跡

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あたりに立ち込める甘い香りが、恋人たちの逢瀬をやさしく見守っていた。 満月の夜にこの場所で。 それは暗黙の了解。 「どうしました?」 乙女はふわりと微笑むと椎名の手をとった。 自身の頬に押しつけて、ほうと息をつく。 「今宵もまた無事に逢えたのですね」 笑顔の奥に一抹の翳(かげ)りを見て取った椎名の胸が騒いだ。 「フィリス?」 椎名が怪訝げに問いかけても、月の精霊はただ静かに見上げるばかり。 「本当に、いったいどうしたんです?」 そっと片方の手をはわせ、フィリスの頬を包み込む。 掠めるだけの、ささやかな口づけ。 フィリスの表情が泣き笑いの、切なさに満ちたものになる。 見惚れてしまうほど美しかったが、そこには胸を打つ悲壮の色。 慰めるように椎名はフィリスの肩に手をまわす。
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