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あたりに立ち込める甘い香りが、恋人たちの逢瀬をやさしく見守っていた。
満月の夜にこの場所で。
それは暗黙の了解。
「どうしました?」
乙女はふわりと微笑むと椎名の手をとった。
自身の頬に押しつけて、ほうと息をつく。
「今宵もまた無事に逢えたのですね」
笑顔の奥に一抹の翳(かげ)りを見て取った椎名の胸が騒いだ。
「フィリス?」
椎名が怪訝げに問いかけても、月の精霊はただ静かに見上げるばかり。
「本当に、いったいどうしたんです?」
そっと片方の手をはわせ、フィリスの頬を包み込む。
掠めるだけの、ささやかな口づけ。
フィリスの表情が泣き笑いの、切なさに満ちたものになる。
見惚れてしまうほど美しかったが、そこには胸を打つ悲壮の色。
慰めるように椎名はフィリスの肩に手をまわす。
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