第二章 1 過去の傷跡

5/9
前へ
/142ページ
次へ
「初めて逢ったとき、わたくしは椎名さまが怖くて逃げ出してしまいましたわ……」 ころころと腕の中で笑うフィリスとは裏腹に、椎名は言葉を詰まらせる。 「あれは……すみませんでした。わたしも何故あんなことをしたのか……」 遠い記憶を辿るように、通じ合う気持ちに身を委(ゆだ)ね、ふたりは口をつぐむ。 こうしている時が最も幸せだと、瞳を閉じて――――。       † それから数日後、月の女神モーリアスは側近たちを広間に呼び寄せた。 聖月宮を根底から揺るがす事実がモーリアスの口から側近たちに語られる。 女神がすべてを語り終え、口を閉ざす。 針の落ちる微かな音さえ聞こえてきそうなほど、広間は水を打ったように静まりかえっていた。 側近の誰もが己の耳を疑い、信じられずに立ち尽くす。 視線が交錯し、やがて銀の美貌に注がれる。 玉座に泰然と座した己の揺ぎない瞳にぶちあたり、冗談でも、ましてや偽りでもないことを突きつけられ、ことの重大さに息を呑む。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加