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「初めて逢ったとき、わたくしは椎名さまが怖くて逃げ出してしまいましたわ……」
ころころと腕の中で笑うフィリスとは裏腹に、椎名は言葉を詰まらせる。
「あれは……すみませんでした。わたしも何故あんなことをしたのか……」
遠い記憶を辿るように、通じ合う気持ちに身を委(ゆだ)ね、ふたりは口をつぐむ。
こうしている時が最も幸せだと、瞳を閉じて――――。
†
それから数日後、月の女神モーリアスは側近たちを広間に呼び寄せた。
聖月宮を根底から揺るがす事実がモーリアスの口から側近たちに語られる。
女神がすべてを語り終え、口を閉ざす。
針の落ちる微かな音さえ聞こえてきそうなほど、広間は水を打ったように静まりかえっていた。
側近の誰もが己の耳を疑い、信じられずに立ち尽くす。
視線が交錯し、やがて銀の美貌に注がれる。
玉座に泰然と座した己の揺ぎない瞳にぶちあたり、冗談でも、ましてや偽りでもないことを突きつけられ、ことの重大さに息を呑む。
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