第二章 1 過去の傷跡

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声に出すのは憚(はばか)られた。 一番傷ついたのは、当事者である目の前の主であるとすべてを見届けた精霊たちなら知っている。 そして、ウィルグもまた、その中のひとりだった。 (また、あの惨劇が……) 閉じた瞼の奥、焼きついて離れない美しい乙女の最期。 哀しい結末。 そして、月色の髪が銀色に変貌を遂げた瞬間に流れた哀しみに彩られた涙。 ――――――痛かった。 何も出来ぬ己の無力に歯噛みし、ただただ成り行きを見守ることしか出来なかったウィルグにとって、それは鋭い刃となった。 心を抉(えぐ)る、刃となった。 その時の傷が、ウィルグに警鐘を鳴らす。 いけない、と。 哀しい惨劇を、繰り返してはならないと心が警鐘を鳴らす。 それはウィルグばかりでなく、そこに集ったすべての精霊に言えることだった。 側近たちの間で、暗黙の了解が交わされる。 視線が確かな決意を持って交わされているのを、ウィルグは気配で悟った。 想いは皆同じだと。
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