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「すみません、随分と待ったでしょう?」
ふわりとフィリスの隣りに腰掛けつつ、椎名は申し訳なさそうに問い掛ける。解放された風が、さらりと優しく梢を鳴らして空に溶けた。
フィリスはかぶりを振った。
「ご友人がなかなか寝付かれませんでしたか?」
「ええ。眠れないからと本を読み始めたら夢中になって、かえって目が冴えてしまったみたいで。紫苑のような無類の本好きが寝る前に本なんて読むものではないと、一応言ったんですけどね」
平気平気、と手をヒラヒラさせて本を開く紫苑を思いだし、ため息ひとつ。
気を取り直すように一呼吸おいて、椎名はフィリスを気遣わしげにのぞき込んだ。
「それより……何かありましたか?元気がないようだけれど」
僅かな沈黙がぽたりと落ちる。
「……お母さまさまのことを考えていました」
ふと椎名の顔に戸惑いが浮かぶ。
「モーリアスさまの?」
「はい。月の女神としての役目を果たされているお母さまの目を盗んで自分の望みを叶えていることが申し訳なくて。けれどわたくしは自分のわがままを律することが出来ずにいます。それが…」
胸に痛みをもたらすのだと。
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