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そうささやいて月を見上げる横顔は憂いに満ちていて、椎名はかけるべき言葉を探しあぐねて口を閉ざす。
あなたの負担になっているのなら、この逢瀬を終りに。
これまで幾度となく言おうとして言えなかった言葉が脳裏を過ぎる。喉元まで込み上げた言葉はけれど、自分の望みとはそぐわずに結局唇から零れる事はなかった。
「フィリス、それはわたしのわがままでもあります。あなただけが気に病む事でありませんよ」
だからせめて、こんな言葉で寄り添うことしか出来ない。
こんな言葉で、彼女の負担をほんの少し肩代わりすることしか出来ない。
胸を締め上げる痛みを悟られまいと、椎名は無理に笑みを浮かべて見せた。
そんな椎名の葛藤を察してか、フィリスはふと悲しげに笑った。
想いは同じだと。
この逢瀬を得がたく思っているのは己も同じ。
「ごめんなさい…椎名さまを困らせるつもりはありませんでした…」
その細い肩が小さく震えていることに気付き、椎名は何も言わずそっとフィリスを抱き寄せた。
「フィリス……」
自分でも驚くほど優しい声が出る。いたわりの。
フィリスは椎名の衣をきゅっ、と掴むと涙ながらに訴えた。
「怖い……椎名さま、わたくしはただただ怖い。お母さまに申し訳なく思っているのは本当です。その想いに嘘はありません。でも……!この逢瀬がお母さまに知れて逢えなくなったら……そう思うと」
怖い、と何度も繰り返す。
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