第二章 3 兆し

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「憎み合うことは、わたしが思っていた以上に哀しいことなのですな」 噛み締めるようにつぶやく。 「憎み合ってばかりいたら幸せだと思える時間を得ることが出来ません。幸せであったという時間は思い出となって心に残り、いつまでも輝き続けるでしょう。いいえ、もしかしたら時が経つにつれ更なる輝きを放つかもしれない。たとえ積み重ねてゆく時間の中に埋もれていても本当につらい時、苦しいとき、必ず姿を現し、支えとなってくれる大切な大切な時間です……たとえ、どれほどの痛みを伴(ともな)おうとも」 わたくしがそうでしたから。 なだらかな斜面を登りおえ、丘の上に達すると眼下に聖月宮が広がった。 ほうっ、とふたりの唇から感嘆の吐息が漏れる。 「よい、眺めですな」 瞳を細め、頷こうとしたモーリアスの瞳に険しい光が宿る。 空は蒼く澄み渡り、初夏の緑に溢れた精霊界。銀色に輝く神殿を臨むその場所の眺めは、美しいの一言に尽きた。だが、それだけだった。心を捉えて放さない、輝かしい魅力が感じられなかった。 自然にもっとも重要なものが、欠けている。
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