第二章 3 兆し

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「聖月宮を覆う重たい空気は皆の不安に寄るもの。すでに人界にまでこの影響が及んでいます。いいえ、精霊の庇護の下にある人界の方が顕著ですらあります。わたくしは一体どうすれば……?」 途方に暮れた声音にウィルグ ははっとする。 初めて聞く、モーリアスの弱音であった。 ウィルグは髪を押さえ無言で景色を見渡す主の苦渋に満ちた横顔を見ながら、これまた初めてみるその切羽詰った表情に度肝を抜かれた。 その傍らに別の大きな想いがある。 いつも毅然と前を見据えていたモーリアス。 いつも余裕の見える穏やかな表情を湛えたモーリアス。 そんな女神として完璧な姿しか、ウィルグは知らなかった。 否。 忘れて、いたのだ! 弱音を吐くまいと必死に踏ん張り、完璧な強がりという名の鎧を着込んだモーリアスの、それはささいで……けれど確かな変化。 それが嬉しいとウィルグは思う。
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