第二章 3 兆し

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ふと、モーリアスの瞳に翳りが落ちた。 「モーリアスさま……」 「アサーシャは何よりも生命あるものを愛していました。女神となり、人々の幸せを見守りたいと、侍女に話しているのを聞いたことがあるのです。苦笑しながら、わたくしには言えないけれどと笑って……わたくしは」 震える声音を押し殺し、モーリアスは続けた。 「わたくしはアサーシャのあの変貌ぶりが、いまだ信じられないのです。やさしい妹でした。季節が変わるたび、沢山の花々に会えて嬉しいと微笑むような、心やさしい妹でした」 「存じております。無邪気で無垢な心をお持ちの姫君で、多くの精霊に慕われておいででした……」 風が、さわりと渡った。 静かに静かに、流れていった。 「今でもわたくしはあの娘のことを信じています。きっとあの変貌にはわけがあったのだと」 どこから運ばれてきたのか、花弁がひとひらモーリアスの手に舞い落ちた。 色の薄い桃色の花弁を手のひらに包み込み、哀しい笑みを口元に浮かべる主をウィルグは無言で見つめる。 「愚かだと、嗤ってくれてもかまわないわ……」 自嘲の色を滲ませてつぶやく主の心のうめきを聞いたような気がして、ウィルグは瞳を伏せた。
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