第二章 3 兆し

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「いいえ。それはできかねます。もし、ここで嗤えばアサーシャさまを知るすべての精霊を嘲笑うことになりますからな」 一度言葉を切り、大事な人の名前でもささやくように、精一杯の心を込めて言葉を紡いだ。 「――――――自分自身でさえも」 「え?」 と、顔を上げた主にウィルグは柔らかな微笑を返す。 「愚かなのですよ、皆」 信じているのだと。皆がアサーシャのことを信じてくれているのだと。 心地よい言葉の余韻を確かめながら、モーリアスは瞬きを繰り返す。 笑みが頬にふわりと上る。目頭が無条件に熱くなった。 それは乙女のように清らかな笑みであった。 見るものに清々しさを運ぶその笑みを。 目じりに玉と輝く宝石を。 ウィルグは己が魂滅するまで、決して忘れることはないだろうと思った。
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