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フィリスの恐怖に歪んだ瞳と頬をすべり落ちる宝石を目にした椎名は、自分の犯した愚行に今更ながら気づいて、慌てて手を離す。
手を捕まえて話を聞けとは、あまりといえばあまりのことである。まして今日初めて会ってお互いの名さえ知らないというのに。
やっていることがめちゃくちゃだ。
苦々しく胸中でつぶやき、激しい後悔の念に駆られた。
いまさら、と思いつつも椎名は口を開く。
ここまで言ってもういいです、とは口が裂けても言えない。
「わたしの名は、椎名といいます。あなたは……?」
雷に撃たれたように立ち尽くしていたフィリスは、警戒の色を滲ませながら言い放った。
「答える義務を、わたくしは持ちません。けれど……」
強く、襟元を握り締めて。
一刻も早く、ここから離れたいと言わんばかりの口調で。
言葉を紡ぐ乙女に、椎名はかけるべき言葉を見失う。
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