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「助けていただいた事には、お礼をいいます」
フィリスは軽く一礼し、足元に落ちていたヴェールをひったくるように拾い上げて、一目散に駆け出した。
制止の声も、聞こえない振りをした。
†
「まっ……!」
白い背中がまたたくまに人込みに紛れてゆくのを椎名はどうすることもできずに見送った。
中途半端に伸ばした手を引き寄せて、ため息をつく。
壁に背中からもたれかかると、自分らしくないなと自嘲にも似た苦笑いを漏らした。
「どうしてしまったんだ?わたしは……」
あれでは怯えられて当然だ。乙女の恐怖に潤んだ瞳が脳裏に浮かぶ。
美しい乙女の姿。
名も知らぬ乙女の姿を思い浮かべた途端、甘い痺れが全身を支配した。
この気だるさは何だろう?息が詰まりそうなほどの切なさを感じているのにとても……とても心地よい。柔らかな浮遊感?
初めての感覚を持て余しながら、椎名は額を手で覆う。
「……誤解を、とかないと」
焼けつくように、そう思った。
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