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それでも、なけなしの勇気を振り絞る。握り締めた片方の手は胸の前で微かに震え、心臓は破れんばかりに高鳴った。
名告った途端このぬくもりが離れはしないかと怯えながら、息をつめてもう一度、響きに乗せる。
「フィリスと申します」
ヴェール越しに椎名の瞳が見開かれるのを知る。
だが、手に感じるぬくもりが離れることはなかった。
椎名はすべてを受け入れて、フィリスを愛したのだ。
思えばこの瞬間からすでに時は動き出していたのだろう。
ふたりが出逢ったはまさしく、運命。
この出逢いはあらかじめ定められた、必然。
若さゆえの愚かさで、ふたりはそう信じた。
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