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「駄目だ」
手首を掴まれ、歩みを止められる。仕方なしに振り返ると、健太郎が真剣な表情で私を見ていた。
沈みかけた夕陽が健太郎を照らす。
黒い髪にとても映えていて、背景になった夕日が、とても綺麗だった。
「何、が?」
「お前に泣かれると、俺が困るんだよ」
台詞の意味がわからず首を傾げる。健太郎はあーもう、と髪をわしゃわしゃと掻きむしり、呆れたような、少し拗ねたような声で言った。
「お前が泣いたら、いつも俺が苦労すんじゃねーか」
ああ。そういえばそうだ。公園で泣いてる時、いつもコイツは私を泣き止まそうと必死だった。
お兄ちゃんと喧嘩した時、慰めてくれた。
「そうだね。いつも健太郎が助けてくれたよね」
「俺、」
健太郎が何かを言いかけて、口をつぐんだ。
やがて浅く息を吐くと、手を放し苦笑して視線を逸らす。
「…いや、いいや今は。取り敢えず、これだけは言っとく」
真っ直ぐ私の目を見て、健太郎は口に弧を描いた。
「お前の兄貴に彼女が出来ても、泣けねーようにしてやるから」
不敵な笑みの理由は、これっぽっちも理解出来なくて。
私は曖昧に、返事を返した。
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