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近くに鴨川が通っていて、流れる音が微かに聞こえてくるような気がする。
已に冷めた御膳を手に、黒に染まった路地裏へと向かう。
何もかもを飲み込んでしまいそうな黒に少し戸惑いを感じたけど、そんなものは一瞬だった。
月の光が射し込む向こう側へ着くと、連なりあった家が私を見つめる。
なんだか無言の圧迫を感じる……気がするのは私だけだろうか。
「ニャー」
と、足元から小さな鳴き声。
「猫ちゃん、また会えたね」
ゴロゴロと喉を鳴らして足に擦りよって甘えてくる姿は、とっても好きで、背中を撫でると気持ち良さそうにまた鳴いた。
持ってきた御膳を下に置くと、猫はクンクンと臭いを嗅いで、「ニャーン」と、まっすぐに見つめてくる。
まるで食べてもいいのと尋ねてきているような灰色の猫。
「良かったらお食べ」
そう言うと、パクパクと静かに食べていた。
礼儀正しい猫の隣へそっと座ると、猫は私を曇り無い目で確認してから、またご飯を小さな口の中へ。
この子は野良猫みたいだった。
私が昨日格子戸から外を見た時に丁度屋根で寝ていて、御膳をあげて知り合った猫。
今日はなかなか来てくれなくて自分から会いに来てしまった。
でも野良猫なのに珍しく、人には慣れていて、すぐになついてきてくれた綺麗な黄色の瞳をした灰色の猫は、明日にはもう会えないと思うと心配になる。
私みたいな人がまた現れてくれるのを切実に願った。
――いつまでそうしていたか。
分からないくらいに、別れを惜しむように、猫の隣に寄り添って月を眺めていた。
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