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「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「こちらのお席にお座りください」
……忙しい。
今日、何度台所と客間を行き来しただろうか。
考えただけで、足がもつれそう。
情報収集は、行き来する中で、仕事二日目の今日は、奥に座る男達から僅かに『えげれす』『新世代』『大砲』という単語を聞き取る収穫しかない。
「嬢ちゃん、あがりお代わり頼む」
「はい、ただいまお持ちします」
その中年の男の湯呑みに茶を注ぐと、湯呑みにそっと手を添えて「どうぞ」と笑顔を作る。
ただ愛想を振り撒く、それだけ。
これをするのが仕事なら、私は着実に仕事をこなさなければ。
「あの、みたらし三本とうどん二つお願いします」
「はいよ~~!」
張りのある声でよく聞こえる親父さんの声。
腕捲りをした腕は、なんだか逞しい。
「なぁ、親父ぃ、なんか今日、繁盛しすぎじゃねぇかぁ?」
左隣にいる一人息子の隼人さんは、明らかにだるそうに胡座をかきなおした。
足を組み直すとき「イテテ」と言っているのを聞いて、長時間座っていて足が痺れたみたいだった。
正反対に親父さんは、お鍋に何かを付けながら、鼻歌混じりに言う。
「まぁな。これも看板娘効果テキメン! いやはや女将に感謝だねぇ~。それに椅子が全部埋まってる所ぁ見るのは、ご無沙汰だったからうれしいね」
「……へぇ、」
「そういうか隼人! 忙しい時に話しかけんな、大人しく会計してろ! 会計を!」
「……チェッ、分かってるっつの! やればいいんだろ、や・れ・ば!」
隼人さんはハァーと溜め息をつく。
重たい重たい溜め息を。
そして壁に向かって「なんか俺、可哀想じゃねぇか」と悲壮感に呟くと、目を細めて壁に凭れた。
まるですねた子供のように。
同い年くらいかと思えば、今ちゃんと見れば、隼人さんは私より五つくらい若いように思う。
なんだか壁に項垂れている姿は、年相応に見えなくもない。
「大丈夫ですよ、隼人さん。親父さんはああ言ってますけど、隼人さんが真面目に仕事をしていることはちゃんと理解されてます」
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