第四話 霧の月

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   月世はぎょっとなった。  記憶にまだ残っている鮮やかな言葉だった。 「ゆきって」 「俺といる女だ」 「はい、余り覚えていませんが…」  月世は少し嘘をついた。あんなに嘲られたあの人をどうして余りと言えるだろう。  月世の中に重い布石を残し、高杉はそうか、と言うと何も聞かなくなった。  高杉さんはいつもそうだ。  自分から聞くよりも私からそのコトバを言うのを待つ。  誰にも助けを求めることはできないと知りながら、少し灯籠さんを探してしまう。  でも、もうこの事を言うのは、躊躇いのない事なのだが、私は自分でも知らぬうちに躊躇いがちに答えた。 「私の知る幸ちゃんは、…私が売られた遊廓にいました」 「遊廓に、じゃあお前も…」 「はい、そうです。私も檻の中に入れられていて、幸ちゃんはいつも声を圧し殺して泣いていて……幼い時の話ですけど」 「売られたのか、両親に」  その言葉に無神経だと思わない。  だって私は 「はい、そうらしいです、でも見たこともないですからもう後腐れはありません」  両親の顔すら覚えていないのだから。  きっぱりと答えると高杉さんは「そうか」と小さく答えた。 「あ、でもこの体質ですから、少しの間遊廓に居ましたが、すぐにまた捨てられましたし…――」  その後に、あったことは言えなかった。  口に出せなかっただけかもしれないが、私が懐かしそうに微笑むと高杉さんは、不敵に笑った。 「女は強いな」 「そうですかね?」 「お前が過ごしてきた時は無駄じゃねぇだろう」 「……さぁ、それはわかりません」  少しおどけて見せる。  そんな姿を見た高杉さんは、意味深に目を細める。 「見てみてぇモンだな、昔のお前」 「やめて下さいよ、見れる様な感じじゃないですから」  私は少し焦りながら言うと、意地悪するように笑う彼を愛しく想った。  久しぶりだった。高杉さんとこんなに話すのは。  高杉さんが話し掛けてくれるのも久しぶりだし、笑う事も久しぶり。  何より、高杉さんとこうして共に居ることができる事が嬉しかった。  同じ時間を過ごせることが幸せに思える。  例え私の存在を知らないと言われても、護りたい。  だから私は進む。  貴方と共に。  
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