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「これで荷物は全部か?」 辻は妹の瑠璃を振り返った。 「うん、ありがと!」 受付に座った瑠璃はニコニコと辻を見つめた。 「よし。じゃあ、大きなものは先に車につけちゃうから」 父が大量の荷物の一部を持って立ち上がった。 「じゃあ私、その間に会計済ませてきちゃうわね」 銀行から下ろしてきたばかりの金を封筒のまま持ちながら母が立ち上がり、会計の方へ走っていった。 「あんな狭い病室によくもこんなにあったよ、ホント」 瑠璃と2人きりになった辻が呆れながら荷物を見下ろすと、彼女はえへへと笑った。 「たくさんプレゼントも貰っちゃったしねー」 それは事実で、彼女は馴染みの医師や看護師、栄養士や清掃係に至るまで、ありとあらゆる職員から退院祝いのプレゼントを貰っていた。 臓器移植が行われたのは、あの夏山での事件から、ちょうど1年後の先月だった。 初めこそ副反応は一通り出たものの、投薬治療を続け、ここまで回復した瑠璃は、食欲も戻り、最近少し太ったと体重を気にしている。 これからも合併症などのリスクは変わらずあり、予断を許さない状況は一生続いていく。 それでも彼女が人生の中で何か楽しみを見つけ、夢中になれることにひた走り、そしていつか、心から愛してくれる人と幸せになってくれればいいと願ってやまない。 「―――お姉ちゃんにも……会いたかったな」 麗奈はふっと息を吐くとそう言いながら、待合室の天井を見上げた。 1年前―――。 辻の証言を元に、鶴我川で一斉に柊麗奈の捜索がなされた。 川の水を抜き、作業すること1週間余り、泥の底から、ほぼ白骨化した麗奈の亡骸が見つかった。 肋骨は下の方を中心に第8骨~第10骨が折れ、腹から何かが突き破って出たようだと、解剖医師は辻の証言を信じた。 時を同じくして捜索された林の中の沼から見つかった女性の死体は、DNAの成り立ちが人間のそれとあまりに違いすぎて、麗奈の娘であることの証明は出来なかった。 しかし恐るべきことに、その肋骨もまた、鶴我川で発見された麗奈の腹と同じように、第8骨~第10骨が折れていたということだった。 あの生き物は何だったのか。 本当に麗奈の子供だったのか。 おそらくは世界中で一番の理解者であった泉亡き今、誰もそれを解明出来ずにいる。 「でも外国に行っちゃったなら仕方ないね!」 瑠璃が笑顔で振り返る。 彼女には麗奈のことは言わないでおいた。 いつかどこかで誰かが教えるかもしれないし、一般生活に戻った彼女が自分で調べて知る日が来るかもしれないが、今、自分の口から教える必要もないように感じた。 それよりも、 地平線に沈む夕日の美しさとか、 夏の海の冷たさとか、 色づいた銀杏並木を眺めながら食べる肉まんの旨さとか、 彼女にはもっと知ってもらいたいことがたくさんある。 「あ!私、病室の棚に忘れ物してきちゃった!」 瑠璃が立ち上がった。 「ドジ」 顎を突き出す辻を、瑠璃が笑いながら真似して見せる。 「お兄ちゃん、荷物見てて!取ってくるから!」 彼女は走り出した。 「エレベーターで行けよ!」 その後ろ姿に叫ぶと、 「平気!」 と言いながら階段を駆け上がっていった。 辻は苦笑しながら、待合室に積まれた大きな荷物を見て、ため息をついた。
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