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「すみません、シシ様。しばらくお待ちください」  ギルドマスターは私の返事を待たず、ソファから立ち上がると頭を下げ、ラルの後を追って応接間から出ていった。彼が王太子殿下の近衛騎士だと知っていて、ギルドマスターはお見送りに行ったのだろう。 「ハァ、すぐ家に帰りたいのに……時間がかかる」  独り言のように呟き。そんなに酷いのかと、自分の手を見つめた。擦りキズと短く切られた爪……手に出来た、小さなキズは魔法で治すほどでもないし。私は誰かに褒められたくて、やったんじゃないけど。執務、薬草集め、薬作り、研究、魔物を捌き、騎士達と遠征にも行った。 (私の手は王太子妃だった頃から、何ひとつ変わっていない! 王太子妃だった頃の私の手が? 容姿がキレイ? 素晴らしい? 笑わせないで!)  誰に話しても誰1人、私の話に耳を傾けてくれる者はいなかった。容姿だって、愛していたルールリア王太子殿下に嫌われたくなくて――寝不足で、疲れた私を見せていなかっただけ。  離縁して5年も経つのだし、いつまでも私を探さないでほしい。  いまとても幸せなの、森でシシと出会ってチェルを産み、やさしい家族としあわせに暮らしている。――それに私だって、王太子妃の頃から肌に良い薬草と、ラベンダーから作った保湿用のクリームは塗っている。  ――傷付いた手。 「私の手……歳の割に、そこまで酷くないと思うんだけど……」  あの男に言われたことが何故か悔しくて、自分の手を見ながらの拗ねた呟きがもれる。その私の手は隣にいるシシに握られ、温かく、やわらかな感触を感じた。 〈シシ?〉 〈あんな奴の言うことは気にしなくていい。好きだよ……ボクはアーシャの働き者のキレイな手が好きだよ。というより、アーシャがすべてが好き。チェルだってママの手が大好きだよ〉 〈ありがと、私も自分の手好きよ。でも、誰に言われるよりシシとチェルから、言わた方がうれしいかな〉  姿を消して、隣にいるシシに向けて微笑んだ。シシは掴んでいる手を、今度はガジガジと甘噛みしはじめた。 〈シシ? どうして噛むの?〉 〈全部、旦那のボクが見つけたと伝えて、と言ったのにアーシャが言わなかったから。それに毒肉の話、すこし実話が入っていた!〉  実話、王太子妃の時。毒肉の捌き方を研究していだ私の、悪食スキルが低く、魔物から毒肉を捌きキレなくて食べてしまったときがあった。高熱、吐き気、意識は朦朧としてしばらく動けなかったと、シシに話した。  彼は眉間にシワをよせ。 『なんて危険なことをした! アーシャ、悪食スキルが高くなるまで、ぜったいに魔物の肉に触れるな!』  と約束した。いまは悪食スキルも高くなったので、ある程度わかるようになってきたが、魔物を捌くのはシシの役目だ。そして、街で毒肉を見つけたのを。シシ、旦那がみつけたと伝えなかったからか、ガジガジ噛むのをやめてくれない。 〈ご、ごめんなさい! 彼らにシシに言われた通り伝えなかったのは……私のわがままなの!〉 〈わがまま?〉   〈……だって、シシだと伝えれば。今度から冒険者ギルドにはシシが行かなくてはならなくなるわ。……ギ、ギルドの受付嬢達に私のシシを見せたくなかったの!〉  本音を告げると、シシのガジガジが止まった。
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