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エブリスタ

遠野しまさん

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自己紹介

掌編・短編体質の文字書きです。
執筆のご依頼などお受けしております。

ご訪問や作品へのスターありがとうございます。
作品へのレビューも大変嬉しく拝読しております。

※受賞作※
『マリー・ゴーランドと砂糖菓子の蠅』
エブリスタ×yom yom 20000字小説コンテスト 準大賞をいただきました。
電子書籍として販売されている他、『yom yom Special Features 第2号』にも掲載されています。

番号登録なしでコメント機能が使えるようになっている事にようやく気がつきました。申し訳ありません。(2018.07.04)

興味:小説

作品一覧

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遠野しまさんへのコメント

砂東 塩
砂東 塩さん
【作品】きこえないについてのレビュー

ネタバレ

 レビューではありませんm(__)m
 感想文というか、賞の講評とまったく違う読み方をしていたので、こういう読み方をした読者もいたのだと伝えたくなりました。

 律子の曖昧な「今」の感覚や、自身の内側に見つけてしまった残虐さ、酷薄さ、そこからの距離のおきかた。それらに共感できると言ってしまうのもなんだか違うようにも思えるのですが、読み進めるなかで少なからず彼女のちぐはぐな行動に胸が痛くなる思いを抱えたのは事実です。
 再び暴力性が表出しないように慎重に日々を送りながら、自分のなかからそれが消えることはないと気付いている。だからこそアオイと近づき、自分の内側をのぞき込もうとしたのかと、そんな風に思えます。
 自分ではどうしようもない性というのはある。その「性」が両極にある(加害者・被害者)のアオイと律子にどこか共通する部分を感じてしまうのは、二人ともが自己完結しようとしているところです。そして二人とも嘘つきだ。
 アオイが女子高生に殴られながら見ていたものは何だろうと考えます。絶望的に理不尽な事実を、それはそういうものだから仕方ないよね、と無理やりに終わらせようとしている。誰も悪くないと、自分が存在する意味を「受け止めること」に見出し、きっとそれを否定してしまえばそれまでの人生がすべて消えてしまう。
 これは百合でしょうか。私が感じたのは性別なんて二の次で、人と人の間にあるもの。単純な「ツナガリ」「共感」とかではなく、そういったものへの絶望とか諦め、それでも捨てきれないもの……やっぱり上手く言葉にできません。
 他者と完全に分かり合うことなどできなくて、そこに絶望を感じつつも、やはり分かりたい分からせたいともがき、けれどそこには抗いがたく隔たりがある。それでも足掻いただけは温もりを感じることができるのかもしれない。そんな事を考えました。
 
※コメントに続く

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2018/07/17 17:18
コメント(2)

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