いみ

「ドーナツの穴って、食べられると思う?」 放課後の家庭科室は、溶けるような蜂蜜色の黄昏に浸されて、黄金色に満たされている。 僕と2人、料理部の部活で作ったドーナツを頬張りながら、彼女はそんなことを話し始めた。 ドーナツは砂糖をふりかけすぎて、甘さがしつこい。 「ドーナツの穴ってさ、ドーナツがないと存在できないクセに、確かにそこに存在しているよね」 ほら、と、彼女はその滑らかで長くて白くて綺麗な人差し指をドーナツの穴に通し、僕を横目で見やる。 「ドーナツホールっていうの? 何かが生まれることで、全く別の何かが生まれる。ドーナツホールなんかは、ドーナツに大きく依存してるように見えるよね。 何もない空間のはずなのに、ドーナツが現れることでその存在は確かに出現する。 そこにあれば食べられるはずが、ドーナツを食べた瞬間存在は曖昧になってしまう。 そこで私はこう思ったわけです。 ドーナツの本質とはつまり、この穴の方にあるのではないのか、とね? 我々はドーナツを食べているのではなく、このドーナツホールを食べているのではないだろうかっ?」 そして彼女は、大きな太陽に重ねたドーナツを、大きな口で頬張った。 「わ、ほぉいふぃっふぇふぉふぉにふぁっ……んぐっ、変わらないんだけどね」 「じゃあ別にいいじゃん……」 「そしたら君と私、一体どちらがドーナツで、ドーナツホールなのかな?」 「……」 僕が見上げた視線の先、彼女の姿はすでに亡くなっていて。 机の上に手向けられた花瓶の花が、白く小さな姿を見せた。

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