童子

後ろから聴こえた音に、私は振り返った。 「もちっとゐなんせ……まだはやうおざんす」 彼女は熱の篭った吐息と共に、言葉を吐き出す。私の視線の先では、部屋に差し込む蒼白い光が彼女の裸身を幻想的に染め上げていた。 「もちっと、うちとおしげりなんしね」 そう言って彼女は大木に蔦る植物のように、私の首から胸元へと腕を絡ませる。それを私はただ、醒めた風情で解きほどく。 「――――――。」 私の発した言葉が気に喰わぬのだろう。彼女の眉根が密やかに細まり、つまらなそうに溜め息を吐き出した。 障子戸の隙間からは、川原の虫の鈴切音が遠くから聴こえた。一拍、二拍――何かを呑み込むような沈黙の後に、彼女はゆっくりとした口調で言を紡ぐ。 「あい。お前様にはお前様の人生がござんしょうね……でも、でもやっぱ好かん。後生やから……うちのたつた一つの願いを聞いてござんすよ」 辛そうな、いや、どこか苦し気なその言葉の端々に潜む暗い感情に、ただ視線にて先を促した。 「こんの籠の中では――ずぅとうちだけを見いて、考えていておくんなんし」 その言葉は、一筋の涙と共に零れ落ちた。その事に咄嗟に口が開きかけ、気付いて意思の力で抑え込む。 自分自身の事だ。誰よりもその心は、私の胸の奥底に蔓延る感情は、私自身が一番分かっているのだ。ただ、それは何重にも鎖に繋ぎ止めて蓋をし、決して表に出すわけにいかないだけで。 「そうやうて、だんまり。兄様はすうぐはぐらかしなんす――」 よく回る舌だ。赤熱した思考が爛れ、その口を塞ぐ。言葉が漏れぬように、想いが漏れぬように、蓋をする。 「ほんと、はぐらかしなんすのがお好きなんしね」 ぬらりと光る糸を引きながら、彼女はさも穢れを知らぬ童女のように笑みを浮かべた。そして至近で覗き込む彼女――いや、妹の瞳には、愉悦と悲哀が同居していた。 その色を見付けた瞬間、かつて無いほどの苛立ちが沸き上がり、次の瞬間にはどこかへと通りすぎてしまう。そうさせたのは私で、これから先の未来の一編の余すとこ無く、こうして私は彼女を苦しめ続けるのだろうから。 腕の下に力無く寝そべる彼女は両腕をもたげ腕を廻し、私を奈落へと引き摺り込むかのように――ゆっくり、ゆっくりと堕としてゆく。 今度は、拒もうとはしなかった。 拒む事など、出来るはずがなかった。
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サークルのお題の一つで書きました。 まあ、内容は倫理観的にアウトですが……どうぞスルーして下さい。(禁忌的なのが好きなものでして……汗) 廓言葉は勉強中なので、使える言葉が少なく苦労しました。ええ、正直な話をすると試験的に書いてみた思い付きな言葉や文章です。使ってみると意外と面白いですね、廓言葉。

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