9×9=81

タイトルやあらすじという先入観を覆す大作に出会った気がしました。 人を傷づけることを趣に置く美少女の心を、平凡な高校生が怪我の功名とでも言わんばかりに心を開いていく王道ストーリーかと思いましたが、そうでもない“どんでん返し”が、まさかの作品を彩っていました。こっぱずかしい主題になるとは思いますが、ひとえにこれは「己の愛を得る競争」だったのではないかと思います。先に自分が愛を知ることがないと、主人公ヒロインともども成長なんてできなかったと思います。 正統派になり帰るのをさらに逸脱したこの作品には、若干の哲学めいたものを感じました。大抵の作品にはやれ「善」のままになどと、ソクラテスやプラトンの主張を模倣した偽善話が多いのですが、ここではそのギリシア哲学の先を行った“愛”を最高と説くキリスト哲学を彷彿させました。善なんて、主体によって価値が違うためおぼつかない存在ですが、”愛”には主体も客体も関係ない一体的なもの。 この作品は、たとえ主人公が男女ともにサイコであっても、胸に秘めた愛は誰にでも共感できるものを重視しており、あれほど派手な返しをしたのに見事な収集を付けて、後味もすっきりと読みつくすとこが出来ました。 主人公の本性を隠す隠れ蓑的日常パートの長さが、最終局面で美味し良い伏線であったという点も、あとがきの通りサスペンス的な面白さを感じました。青春や恋愛のカテゴリーに入っていますが、ひとえにこれは「ラブサスペンス」という新ジャンルを確立させたのではないかと思います。ただ、これを明るみに出すとネタバレになってしまいますが。 見えていたオチというスローボールを、まさかの展開でホームランとなって打ち返す。これほど胸も驚きも打つ作品と沙久良さんの見事な伏線発布の文章力にだ感服いたしました。
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