遠藤さや

人類が滅亡した世界。 殺伐としているはずなのに、作品に流れるふんわりとした優しい空気。 目に浮かぶような情景描写と巧みな心理描写に、あっという間に物語に惹き込まれました。 そして魅力的なキャラクター。 やられました、もうハート撃ち抜かれちゃいました! 脇を固める人物もさることながら、主人公二人のやり取りがとても素敵です。 失った世界へ思いを馳せ過去に縛られたままのヘタレな直樹と、未来を見つめ今を生きる強い麦子。 淡々としているけれど、どこかコミカルな会話がとても可愛くて、そして、ちょっぴり切ない。 親子ほどの年の差のある、アンバランスな二人の重なりそうで重ならない想いがじれったくて、これぞ胸きゅんです。 この作品のメインはラブストーリーではないのですが(むしろ隠れていると言ってもいい)その部分に一番ときめいてしまった私です。 直樹の趣味のマジックや麦子のとんでもない創作料理など、思わずクスッと笑ってしまうような作者の遊び心も、見所の一つです。 私が二人のシーンで一番好きなのは、満月の夜、直樹が麦子にムーンウォークを踊って見せる場面です。 崩壊したビルの谷間。世界が滅んだ後に大きく近づいた月に映し出される直樹の影。 美しいコントラストが鮮やかに浮かんで、思わずため息が出ました。 『20世紀のスーパースターのダンスだよ』 そう言いながらするすると足を滑らせてムーンウォークを踊る直樹。 失った世界への郷愁ともう戻らないものへの憧憬。そして、それらへの決別。 いつもは直樹に厳しい麦子が、何も言わずに見つめる視線は切なくて、けれど、とても温かくて未来への希望を感じさせます。 これは、麦子を通して世界を見つめる作者の眼差しなのだと気づき、胸が熱くなりました。 綿密に張り巡らされた伏線(私が数えただけでも9個ありました)に一体どれだけの人が気づくでしょうか。 その一本一本が導くラストシーン。 すべてが繋がり衝撃の真実に辿り着いた時、必ずもう一度最初から読み返したくなることでしょう。 素晴らしい作品をありがとうございました。(★)
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