9×9=81

芸術の派閥を示す主義の中に、悪魔主義というのがある。すべてを破壊して否定することによって、追及された人間の黒い面を一つの美として見出し、表現する傾向のことを言う。しかし、悪魔という題材を扱っていながら、この作品には人間の欲望のままを美として表現することはなく、むしろ主題の音楽にあった古典的な美を表現している。 己の生まれの不幸を呪うような要因もある天性を、悪魔と取引して手に入れること。しかし、何かを得るには相当の対価がいる等価交換が原則の契約である。ところが、今作で登場した契約者たちはみな、自分の闇なる欲望に踊らされず、むしろ純粋な芸術家であったままの最期を迎えていた。時に、罪深き欲情と許されない恋も見受けられたが、それは全て生々しいモノではなく、いわゆる耽美という罪だからこそ美しい表現も、音楽とは別に描かれていた。 突飛抜けた才能を持てば人は絶対幸福をつかめるのか、という命題に対して、この作品は全てを通してNOと言っている。至高の技術と時の運は紙一重、いやむしろまったく釣り合わない関係。それは一人の人間という細胞が詰まった個体を経由して繋がっているだけにしか過ぎない。いかにして万人を納得させられる腕を持とうとも、万人が死ぬような事態に巻き込まれない保証はない。 何が幸せなのか、本当の幸せとはなんなのか。芸術家が必ずぶつかる壁にどう向き合えば、栄光をつかめることができるのだろうか。おそらく、これが作品の本質を語っているのだと思います。 作中でも語られたバッハについて、解釈がいくらでもできる上に難しいという表現は、まさにこの作品も当てはまると思います。「難しい」はふさわしくないのですが、簡単に読めるだけ主題に近づける良い作品だと思います。
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本当に素晴らしいレビューをありがとうございます。 こんなに詳しく分析してくださって、身に余る光栄です。 自分で書いたものに対してのレビューなのかと疑ってしまいます。嬉しいお言葉をいただき感激です。 まだまだ至りませんが、精進して頑張りたいと思います。 どうぞこれからもよろしくお願いいたします。 本当に本当にありがとうございました。

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