久木 さとみ

さやさんの物語はストーリーもさることながら、登場人物の魅力も素晴らしいと思います。 まず惹かれたのは主人公です。 工学部という意外な経歴ですが、小説の題材としての知識のためと知り、納得すると同時に、極端さと不器用さにドキリとしました。 才能は本物ですが、大切なことを自分の経験ではなく、紙や他人からの知識で得たようなところがある…という印象。 実際、彼は橋からうどんまで、様々な詳しい知識を持っており、時おり披露するのですが『わかりにくいし、薄っぺらい』とウケはイマイチ。 個人的には、その未熟さがリアルで大好きで、ヒロインと恋を育む前半の展開にニヤニヤしてました。 でも中盤以降、一転します。 主人公の本当の目的を知り、動揺したヒロインの痛々しさ… 挙げ句、主人公を拒絶し、おばあちゃんの元へと逃げてしまいますが、おばあちゃんには突き放されます。 まさか、あのおばあちゃんが…私はここで泣きそうでした。 でも『いつまで子供の夏休みをやるつもりや』というおばあちゃんの台詞に、ヒロインの幼さと、おばあちゃんの愛情ゆえの突き放しであることが、伝わってきました。 ヒロインは、心は大人になれないまま、…もしかしたらスカラシップを受賞した輝かしい瞬間のまま、眠っていたようなものだったのかもしれない… そう思わずにいられませんでした。 その後ヒロインが吐露するバレエへの真実の思いがまた辛すぎる。 それまでバレエの描写がほとんどなかったことで、却って彼女の傷の深さが際立っていた気がします。 『神さまなんて、どこにもいない』と言う彼女。 まさかそんな思いがあったなんて… 主人公とともに、驚きややりきれなさで一杯になりました。 それにしても、ここまで感情移入させてしまうさやさんの描写は本当にすごい。 今回は主人公の台詞をはじめ、比喩表現の美しさが印象的なのですが、 その中でも『海』の効果には感動しました。 その描写と、丁寧な伏線が導くラストへの盛り上がりは、 見事の一言です。 素敵な物語をありがとうございました! 追伸:おばあちゃんの方言、讃岐弁なんですね。関西人の私は自分と近いものを感じました。 ときどき讃岐弁がうつる主人公が可愛いです(★)
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