陶山千鶴

高間裕樹(タカマ、ユウキ)にとって、ハロウィンは毎年、おとずれるイベントでしかなかった。彼の母親の誕生日が七夕と重なっている影響か、ハロウィンも例外なく祝うのだが、裕樹は不機嫌だった。 「裕樹、ねぇ、裕樹!! 聞いてるのっ!?」 と、幼なじみの女の子が耳を思いっきり引っ張られ、怒鳴られた。 「っ!? うるせーな。聞いてるよ!!」 それにつられて、裕樹も怒鳴り返す、幼なじみの女の子の名は、本間田奈(ホンマ、タナ)。引っ張る手を払い落として、睨む。 「じゃあ、さっき、言っていたこと復唱してみて、さぁ、どーぞ」 「あ? えっと、ハロウィンの飾り付けを買いに行くんだろ?」 「違う!! それは、昨日、済ませたでしょ。今日は、お菓子の材料を買うの。今回は山都さん達も来るんだから、いつもより多く必要なのよ」 さっさと行くわよと歩き出す、田奈に裕樹は舌打ちした。山都さん。最近、田奈の口からその名前ばかり出てくる。 山都大聖、裕樹と田奈の恩人であり、頼れる年上の男性だ。頼れるお兄さんとして慕ってもいるが、田奈が彼の名を呼ぶとき、なぜかイライラする。 いつもなら裕樹と田奈の家族だけで祝うハロウィンに、山都を誘ったのも田奈だ。裕樹にはなんの相談もなく、だ。それが気に入らない。イライラする。 「ねぇ、裕樹」 「あー、なんだよ」 「裕樹は、今年のハロウィン、どんな仮装がしたい? お母さんに聞いておいてって頼まれてたのすっかり忘れてた」 それは山都のことで頭がいっぱいからだっただろと言いかけたが、裕樹はムッと口を噤み。 「なんでもいいよ。どうせ、毎年のことだろ。来年も、再来年も来るんだから」 「ダメ!!」 と不意に田奈が立ち止まり、怒鳴った。田奈が怒鳴ることは珍しくもないし、言い合いは珍しくもないが、その一言に裕樹は何も言い返せない。 「あ、ごめん。でも、ほら、裕樹はさ」 田奈が視線をそらした。あの力のこともあるでしょと田奈が言い、裕樹も視線をそらした。自身の体内に宿る狼の力、裕樹はうまくコントロールできない。 「気にするなよ!! こんな力に負けるわけないだろ!!」 精一杯の強がりだったが、裕樹は答える。 「だから、そんな泣きそうな顔をするなよ」 「ち、違うしっ!! 泣いてないし!! バカ!!」 「バカってなんだ!! ハロウィンの仮装、カバな。カバの着ぐるみにしろ」 「しないし。裕樹のバーカ!! バーカ!!」
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