陶山千鶴

月乃熊実(ツキノ、クマミ)は人間ではない。不可思議な力を手に入れ、人間の姿を手に入れたが、その正体は熊だ。だから、彼女がハロウィンをどう思っているかと聞かれても、 「へー、楽しそうだね」 くらいの感想しか出てこないが、全く興味がないわけじゃない。一人、屋根の上に腰掛けながら夜空に浮かぶ、月を見上げる。 熊だったころは、イベントなんてなかった。弱肉強食、弱い者は死に、強い者は生き残る。自然界にとって、強い子孫を残すのは当然だし、人間のように一見すると無駄と呼べる行為はしない。いや、しなかったと言うべきだろう。 今は違う。熊から人間へ、自然界から、人間界へ。住処を移せば、風習や文化も変わっていく。 (もしかしたら、戸惑ってるかなぁ。まぁ、無理もないかもしれないけど……) 月乃はうーんと背伸びすると、ゴロンと屋根の上で寝ころぶ。難しいことを考えるのは苦手だ。なるようになるさと、思っていると、よっと金髪少年や屋根に登ってきた。 「こんなところに居たのか」 「おやおや、山都くん。月乃お姉さんに何か用事かな? それとも夜のお誘い?」 「用事つーか、真朱達が探してたからな」 「ほほぅ、真朱ちゃん達も含めて、ハーレム建国かなぁ? お姉さん、かんしんしないぞ」 プンプンと叱るふりをするが、山都はさして気にした様子はない。裕樹あたりにこれをすると簡単に引っかかるのだが、そういう雰囲気ではなかったらしい。 「山都くんさぁ、私は熊なわけでしょ」 「それで?」 「どうしたらいいのかなって思うんだよね。私はハロウィンってこれっぽっちも知らないわけで、こんな私がいても邪魔になるんじゃないかなってさ」 戸惑いからの逃避だった。いつもはのらりくらりとしているが、月乃はどこか山都達の間に線引きをしている。別に彼らのことが嫌いではないし、むしろ、好きだ。こうしている時間が月乃にとって楽しい。 楽しいから、月乃が壊してしまうのではないかと思うのだ。月乃は熊で、彼らは人なんだから、 「何、言ってるんだよ。居ていいに決まってるだろ」 と山都は自然とそう言った。 「ハロウィンなんて、みんなで騒ぐだけでいいんだよ。お前が居なかったら、真朱達が寂しがる」 だから、来いよと山都は言う。 「月乃、もう、お前は俺達の仲間なんだからさ」 と照れくさそうなな山都を見ながら、月乃はクスリと笑って、そうだねと呟いた。
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