陶山千鶴

【コメント連載作品。一話目。人食鬼と武芸者】 辺り一面、血まみれだった。床も、天井も、壁も襖もあちこちに返り血が飛び散り、異臭が鼻をついた。ギィと床を踏みしめながら、男は言った。 「ヒドイものだな。この屋敷、全てがこのような状態なのか?」 悲惨な状況にも、顔色、変えずない男に、背後に控えていた部下は薄ら寒いものを感じながらもそうですと頷いた。正直、部下は、この男とあまり、関わりたくないと思っていた。男を言い表すなら、武芸者、もしくは、鍛錬の鬼と言うべきだろう。自身の身体を極限まで鍛え上げたその姿はたくましく、実力も相当なものだ。味方になるうちは頼もしいが、敵になったときは一番、厄介な存在になる。 「覚悟(かくご)様。盗賊か、何かが夜襲でも仕掛けたのでしょうか?」 「かもな。しかし、死体がないな」 と血まみれの廊下を進みながら、男、覚悟は言った。それは部下も同感だった。襲われたのは土地をおさめる領主の屋敷である。当然、見張りの兵や、その他、大勢の人間が居なければならない。この返り血の量なら、ここで大量の人間が死んだことになる。夜襲に侵入した連中にしろ、屋敷を守る兵にしろ、死体がないのは、あきらかに不自然なのだ。 「それに金品のたぐいはいっさい、持ち去られていない。これはどういうことだ?」 盗賊にしろ、夜襲にしろ、復讐にしろ、ここまで痕跡を残しておいて、死体だけを持ち去る理由が見つからない。
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