陶山千鶴

【コメント連載作品。三話目。食人鬼と武芸者】 ちゅうちょなく、拳を叩き込まれた少女は、揺れ動く意識を強引に引き戻し、まっすぐ伸ばされた覚悟の腕にしがみついた。口の中には鼻血が混じり、息苦しいが、それ以上に彼女の中に根付いた恐怖が突き動かされていく。 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。痛みを凌駕し、殺される前に殺すしかない。死にたくないのなら、こちらから殺すしかない。 隙をつき、相手の背後に忍び寄り、小太刀で一突きすることができた。この男も殺す。そして、逃げる。あの白髪の鬼から、逃げられるのなら、なんだってしてやる。 しかし、少女は身体なんて鍛えたこともなかった。刃物だって、包丁くらいしか握ったことがない。窮鼠、猫を噛むと言うけれど、それは不意打ちでしかない。 鍛えられた者の前では、どんなことも悪あがきでしかない。 腕にまとわりつく、少女を覚悟は軽々と持ち上げ、そのまま振り下ろした。メリッと床が割れ、少女は受け身を取ることも許されず、衝撃を背中で浴びることとなった。肺の中の空気が絞り出され、口の中に入り込んだ血が呼吸を阻害する。視界が反転し、恐怖と疲労の末に、少女は意識を手放した。 残されたのは、少女を見下ろす覚悟と、死体となった部下だけだった。覚悟は少女を荷物でも扱うように、肩に担ぎ上げ、 「報告と、生存者、一名、確保だな」 と呟いたのだった。 盗賊行為において、なるべくなら避けるべきことが一つある。それは殺人だ。盗賊行為は、相手の身包みを奪うことであり、命までは奪わない。彼、西尾由真(ニシオ、ユマ)はそう思っていた。 別に、これは義理や人情というわけではない。盗賊である以上、敵対する相手を殺すことはあるし、義賊を名乗るつもりはないが、人殺しは避けるのが基本とされてきた。 『人を殺せば、金の流れも止まる。金の流れが止まれば、盗賊である、自分達も飢えて死ぬことになる。奪うことと、殺すことは違うんだよ。いいか。由真、これだけは忘れるな。奪うと、殺すは違う』 由真は、頭の中で繰り返し、繰り返し、この言葉を思い出す。
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