陶山千鶴

【コメント連載作品。四話目。食人鬼と武芸者】 『生きることは、奪うことだ。奪うことだ。由真、忘れるなよ』 彼女の師匠だった男の言葉を思い出しながら、森の中を走っていた。脂汗が額から流れ落ち、右腕から先の感触がない。とめどなく溢れていく、血液が彼女の命のようだった。 「くっ、どうして、なんなんだ。あいつは!!」 切断され傷口を左手でふさぎながら走る。立ち止まるわけにはいかない。立ち止まれば、殺される。喰い殺される。 ゴリッ、ムシャッ、メリッ、肉が喰いちぎられ、骨が砕かれ、そしゃくされる音が耳元で聞こえてくる。冷や汗がブワッと吹き出す。 「鬼ごっこというのも、楽しいものでしたけれどぉー、蛍火(ホタルビ)は飽きてしまいましたねぇ」 ブンッと、棒を力いっぱい振り回す音が響き、由真は木の幹につま先が引っかかって、スッ転んだ。 これが幸運だったか、不幸だったか、わからない。由真の頭上を巨大なノコギリが吹っ飛んでいく。すさまじい切れ味はあたりの木々を切り裂き、大木に勢いを殺され、やっと止まる。 転ばなかったら、木と一緒に由真も切断されていただろう。これが悪夢ならさっさと覚めてしまいたいが、悪夢はまだ、終わらない。 「ふ、ふふふぅ、貴女の右腕、とーっても美味しかったわぁー。貴女、ステキな人生を送っているのねぇー」 ペロリと、口元についた血を拭いながら白髪少女こと、蛍火はニヤニヤと笑った。 「…………」 奪うことは、生きること、生きることは奪うこと、盗賊としてそれを心情に生きてきたけれど、こんな化け物と出会うのは、願い下げだ。 「クッ、フフフフ、もう、逃げることはやめたのですかぁー? 私はあと少しくらいなら付き合ってあげてもいいのですけどねぇー」 ズリズリと後ずさりする、由真は舌打ちした。森なら、姿を隠せると思い、逃げ込んだが、切り倒されてしまえば意味はない。 戦うしかない。由真は不慣れな左手に小刀を握りしめた。血を流しすぎて、足元がふらつくフリをしながら、足元に転がした爆弾を蹴り上げた。切り株に隠れた。
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