陶山千鶴

【コメント連載作品。十二話目】 女の涙ほど、見ていて苦しいものはない。と山都方正は腰掛けながらそう思った。彼女、由真に何かあったときにすぐに駆けつけられるように、なるべく近くで待機していたが、部屋の中から聞こえる、嗚咽が方正の胸を抉っていた。 『俺にできることをしただけだ』 この言葉に嘘はないし、これからだって、それを貫くつもりだが、彼の胸の中にあるのは後悔だった。もしも、もっと早く彼女を見つけることができたなら、もっと早く、あの鬼を見つけることができたら犠牲を出すこともなかったし、彼女が右腕を失うこともなかったかもしれない。 戦場に『もしも』なんて都合のいい言葉はないことは、方正がよく知っている。山都方正は、ずっと、妖怪や鬼、魑魅魍魎と呼ばれる、闇にうごめく、あちら側の連中と戦ってきた。 これは方正だけでなく、山都の一族が使命としてきたことだ。表舞台には立たず、裏でひっそりと魔を始末する。 その過程で山都が学んだことの一つに、もしもなんて言葉はない。もしもあの時、こうしておけばと後悔するだけで無駄なのだ。だから、方正はこう思う。 『俺にできることをするだけ』 全てを救うなんて大仰なことはできない。 (でも、俺は、あいつを見捨てることはできなかった) あの隻腕の少女を見殺しにし、あの鬼に集中すれば、あの鬼にこれから犠牲になるかもしれない人達を救えただろう。 (やっぱり、俺は英雄にはなれないな) 英雄は大勢の人間を救うからこそ、英雄になれるが、方正はなれないなと皮肉混じりに笑い。 「でも、俺はあの子の戦士になろう。もう二度と涙を流さなくていいような。そういう戦士に」 グッと拳を握りしめた。理由は、はっきりしないが、彼女にお礼を言われた時を思いだし、なぜか、心臓の鼓動が早くなった。 「…………わけがわからん」 赤くなった顔にブンブンと、恋を知らない少年は、ボリボリと頭を掻いた。 一方、その頃、白髪の鬼、蛍火はとある民家に居た。ボリボリと家主の残った片足を投げ捨て、ペッと血を吐き出した。 「はぁ、あの金髪、魔の一族でしたか。どうりで傷の治りが遅いわけです」 身体に残された、青あざを見つめ、蛍火は言った。 彼女の身体は、ひ弱な人間とは違う。鬼だ。傷や損傷は瞬く間に治っていく。青あざ程度なら、数秒で完治するが、五日たっても治らなかった。
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