陶山千鶴

【コメント連載作品。十四話】 少女は唖然とし、蛍火が本当に十秒、数えはじめてやっと動き出すことができた。 「十」 それは走るというより、獣のそれに近い、四本の手足を使い、がむしゃらに走っていた。 「九」 こんなのは間違っている。少女はこの五日、繰り返しそう思ってきた。だって、 「八」 少女は悪いことなんてしたことはなかった。貧しいけれど、慎ましく、両親のために働いてきたんだから、 「七」 欲張らない人生、身の丈にあった人生、少女はこれだけしか望んでいなかった。 「六」 こんな白髪の鬼に殺されそうになる理由なんてないはずだ。こんなこと、間違っている。おかしい。 「五」 こういう不幸は、もっと極悪人に向けられるべきなんだ。どうして、自分がこんなことに巻き込まれるのか。 「四」 間違っている。間違っている。間違っている。 「三」 おかしい、ありえない。こんなことで死にたくない。 「二」 痛い、辛い、悲しい。なんで、 「一、いただきます」 蛍火は、十秒、数えると少女の背後に立ち、まっすぐ少女の心臓、めがけて手を差し込んだ。優しく、滑り込ませるようにドクン、ドクン、ドクンと心臓が蛍火の手の中で脈を打つ。 口の中に溜まった、涎が勝手に溢れていく。この五日、待ち続けたご馳走だ。潰さないように心臓を引き抜こうとした瞬間、蛍火の身体を数本の矢が貫いた。 「おやぁ?」  気がついた時には、覆面をした数人の男達が蛍火を取り囲んでいた。その手には刀が握られ、さらに後方には弓を構えた男が数人、並んでいた。 言葉はなかった。取り囲んだ覆面男達は、蛍火の身体にためらいなく、刃を刺し貫く。真っ赤な血が蛍火から溢れ出す。 せっかく、着替えた着物が自身の血で汚れ、ドサッと蛍火が膝をついて、少女の死体に折り重なるように倒れた。 覆面の男達は、誰もが、白髪の女は死んだと思っただろう。出血と数本の刀で刺し貫かれたのだ。しかし、念のため生死を確認しようとした男の一人が蛍火に触れようとした瞬間、ガッと顔を掴まれた。 男には急に視界が真っ黒になったように感じ、その直後、意識を失った。蛍火に顔面を握力だけで顔面を握りつぶされた。 男達はすぐに距離をとった。白髪を真っ赤な血で汚しながら蛍火は立ち上がる。全身、刀で刺し貫かれ、出血は止まらないが、蛍火は気にかける様子もなく、ニヤァと笑い、自分の口の中に片手を突っ込んだ。

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