戸未来 辰彦

私がこの小説と出会ったのは、いつも良く通う駅前の本屋だった。 発売当初、新刊コーナーの隅に奥ゆかしく並べられていた『ラ式太郎短編集 第一巻』。 そもそもこの本を手にしたのは、表紙を描いた水月 玖氏の素晴らしい画才に惹き込まれたことがきっかけだった。 短編集の表紙に描かれた幻想的な三日月の夜の海辺に一人佇む魔法使いの青年こそ、第一巻の巻頭を飾る『亡き王女のための夜光祭』の主人公、宮廷魔術師ラシヴェルである。 作者は当初、この物語をファンタジックホラーに描こうと考えていたという。 しかし、彼はファンタジーを得意とするぱとたろう氏やサイコパスの大家である村上未来氏との親交も厚く、彼らの描く作品に共鳴した結果、本作で『ファンタジック・サイコパス(略してFP)』という新たな分野を切り開くことになった。 幻想的なファンタジー世界を描きつつも、主人公ラシヴェルと敵対関係にある三人の魔女の絶対零度の凍てつく心理描写が読者を地獄の底に叩き込むサイコパス作品。魔女達の呪いに囚われて非業の最期を遂げた心優しき王女リューナの変わり果てたサイコパスぶりも見どころの一つとなっている。 このファンタジーとサイコパスという二律背反(アンビバレンス)的世界観こそFPの真骨頂であろう。 今ではこのFP分野から多くの優れた作家が輩出され世間一般にも定着した結果、FP作家の先駆者としての作者の評価は高まる一方である。 後日談になるが、この短編『亡き王女のための夜光祭』が植木四十七賞に選ばれた後、駅前の本屋にはラ式氏の特設コーナーができ、短編集が一面に平積みされたのは言うまでもない。 さて、ここからは物語の内容について少しだけ触れておきたい。 物語のクライマックスでラシヴェルが海に向かって唱えた究極の魔法。 後に作者は、アメリカのモントレー湾の新月の夜に起きる『深海大発光』という現象が着想のヒントになったと明かしている。新月三日目の夜、海面上に深海生物達が大浮上し夜空を煌々と照らし出す荘厳な風景描写と圧巻のラストは、筆舌に尽くし難い。 なお、個人的に大好きな場面としては、途中ラシヴェルが港の宿の美人三姉妹に悉く結婚を言い寄られる場面を上げておこう。ラシヴェルが持ち前の知恵と巧みな話術でその危機(?)を切り抜ける所に作者の遊び心を感じた。★
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