古典落語の名作として名高い怪談「牡丹燈籠」というのがあるが、作中の名シーンとして有名な、お露のやってくる場面。若い頃はそのまんま受け入れていたんだが、最近どうも違和感があってしょうがないのだ。 たしかに夜中に亡霊がやってくる描写としては駒下駄の歩く音が響くのは恐怖を駆り立てるのに効果的であろう。 しかし、時代は江戸って設定だよ? 原作は明代の中国だとしても、どちらにせよ、当時の江戸の一般的な道路は土だろ。神社の参道なんかでは石畳もあっただろうが、主人公の侍が住む屋敷周辺は、当時はまだ土がむき出しの地面だったはず。 それなのに、あんなに甲高く下駄の音が響くものなのだろうかという疑問が強く出てくるのだ。 怪談の描写としては、実に効果的な演出だとは思うのだけれど、リアリティという観点からすると、どうしても違和感が出てしまう。 それともあれかな。この世の存在ではないからこそ、下駄の音もありえないような響き方をするって解釈なのかな?

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