ひらかわしほ

「坂巻さん、来週末は会えないかも」 その逞しい腕の中に抱き込まれ、眠気に負けそうになりながら、永瀬は言った。 休憩無しの三回戦後だ。 ちなみに、三回は坂巻の達した回数であって、永瀬は何度高みに導かれたかなんてわからない。 幾ら永瀬が若くても、物事には限界というものがある。 眠そうに瞼をショボショボさせている年若い恋人の髪を、坂巻はゆっくりと撫でながら頷く。 「そうか……それはさみしいが、お前にはお前の世界もあるだろう。休みの度に俺のところに入り浸っているのもよくないからな」 自分の都合で会えないのに、そんなふうにあっさりと納得されると、なんとなく面白くない永瀬だ。 眠たげな瞼を押し上げて、キュッとオトナ過ぎる恋人を見上げる。 「もっと、何かないの?」 「何かとはなんだ?」 「誰かと会うのか、とか、何の用だ、とかさ」 唇を尖らせる永瀬に、坂巻は唇の端を歪めて揶揄うような笑みを見せた。 いつもどこか達観しているような、酷く老成しているような永瀬が、坂巻の前では、年相応か或いは年よりも幼いぐらいの子どもらしい表情を見せるようになってきたことに、内心にやけが止まらない。 しかも言っていることが可愛くて仕方ない。 「なんだ、お前は俺に妬いて束縛して欲しいのか?」 「そんなわけないけどっ」 ズバリと指摘されて、初めて自身が抱いていたモヤモヤの正体に気づいたらしい永瀬が、羞恥にほんのり頬を赤く染める。 「ふぅん?」 坂巻はニヤニヤしたまま、永瀬の髪を撫でる手を止めずに、サラリと続けた。 「それで?何の用で恋人をほったらかしにするんだ?」 永瀬は、聞き流されることもイヤだったのだが、かといって、そうはっきり訊かれてしまうと少し返事に困る。 「……た、」 一言そう言ったかと思うと、狼狽えた顔で黙り込んでしまった。 「た?」 永瀬には永瀬の世界もある。 極道の男に嵌まりすぎてはよくない。 坂巻のその思いは割と心のどこかにいつもあって、だから会えない週末があることは残念だけれども、追及はしまい、と思っていたのに。 そんな顔をされたら、変に気になってしまう。 (……コメントに続く)
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(……続き) しばらく沈黙が続いたけれども、坂巻が言葉の続きをじっと待っていることに観念して、永瀬は言葉を繋げた。 「……誕生会が、あるから」 「誕生会?友達のか?今どき、まだ誕生会なんてするんだな」 坂巻は、あまりにも可愛らしい用事に、なんとなく気が抜けて、少し笑った。 「まあ、あんまり羽目を外しすぎるなよ?テンションが上がった友達に変なことをされそうになったら、すぐ俺を呼べ」 いつも言っている身の危険についての注意だけ、念を押す。 坂巻の手に寄って、永瀬は今は襲われることは皆無になったけれども、普段と違うイベント時には、人はハイになって何をやらかすかわからない。 しかし永瀬は。 更に
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(…更に続き) 「そうか、誕生日なのか…」 坂巻は、重ねてそう言った。 声音が酷く優しい。 「お前が自分の誕生日をあんまり祝う気がなくても、な……少なくとも俺には、お前が生まれた日を、祝う権利がある」 何故なら。 お前を、愛しているからだ。 「お前が生まれてきてくれて、嬉しい、雪晴」 髪を撫でていた坂巻の手が止まった。 その手は、永瀬の顎を掴む。 ぐい、と顎を上げられて、永瀬は少し抵抗した。 坂巻の言葉に、どうしてか涙が溢れてきたから、そんな顔を見られたくなかったのだ。 だけど坂巻は、彼に俯くことを許さない。 その溢れた涙をペロリと舌で舐め取って、強く繰り返した。 「お前は俺に愛されるた
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