ひらかわしほ

(……続き) しばらく沈黙が続いたけれども、坂巻が言葉の続きをじっと待っていることに観念して、永瀬は言葉を繋げた。 「……誕生会が、あるから」 「誕生会?友達のか?今どき、まだ誕生会なんてするんだな」 坂巻は、あまりにも可愛らしい用事に、なんとなく気が抜けて、少し笑った。 「まあ、あんまり羽目を外しすぎるなよ?テンションが上がった友達に変なことをされそうになったら、すぐ俺を呼べ」 いつも言っている身の危険についての注意だけ、念を押す。 坂巻の手に寄って、永瀬は今は襲われることは皆無になったけれども、普段と違うイベント時には、人はハイになって何をやらかすかわからない。 しかし永瀬は。 更に困ったように眉根を寄せた。 そして、小さな声で言う。 「友達、とかじゃなくて、僕の」 「うん?」 「僕の、誕生日、で」 少し早口で、彼は言葉を紡いだ。 「誕生日には、一応、家族で誕生会をするから」 永瀬の両親は、善人で優しい人たちだ。 永瀬の窮地には少しも気づいてくれない鈍さはあったけれども、それでも、毎年きちんと永瀬の生まれた日を祝ってくれたりするような、愛のある暖かい家庭だ。 「ホントは、普通にいつもどおり、坂巻さんと一緒にいたかったんだけど」 誕生日なんて、と永瀬はどこか投げやりな口調で言った。 「ただ生まれた日ってだけで、別にそんな祝うことじゃないのに」 生まれてきたことを、否定するつもりはない。 だけど、何のために、こんな外見で生まれてきたのか。 誰もが憧憬と称賛の視線を向ける、こんな薄皮一枚の造作。 生まれてこなければよかった、と言いたくなるのを、何度押し殺し、喉の奥で噛み殺し、飲み下してきただろうか。 坂巻に出逢うまで、ずっとそんな思いを胸の奥に渦巻かせていた。 ずっと、ずっと。 急に剣呑な空気を纏った永瀬に、坂巻は、あえていつもどおりの口調で軽く、そうか?と呟く。 その髪を撫でる手は、止めない。 「お前が俺に愛されるためにこの世に生まれてきてくれた日だろう?」 彼は、そう言った瞬間、腕の中の細い肩がひくりと震えたのに気づかないふりをする。 「俺にとっては、これ以上ないめでたい日だけどな」 (……更に続く)
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(…更に続き) 「そうか、誕生日なのか…」 坂巻は、重ねてそう言った。 声音が酷く優しい。 「お前が自分の誕生日をあんまり祝う気がなくても、な……少なくとも俺には、お前が生まれた日を、祝う権利がある」 何故なら。 お前を、愛しているからだ。 「お前が生まれてきてくれて、嬉しい、雪晴」 髪を撫でていた坂巻の手が止まった。 その手は、永瀬の顎を掴む。 ぐい、と顎を上げられて、永瀬は少し抵抗した。 坂巻の言葉に、どうしてか涙が溢れてきたから、そんな顔を見られたくなかったのだ。 だけど坂巻は、彼に俯くことを許さない。 その溢れた涙をペロリと舌で舐め取って、強く繰り返した。 「お前は俺に愛されるた
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