繊細で壊れ物のような心
「どうして、人生で大切なものを、他人の言葉に流されるがまま手放してしまうのか」  作者の独白のようなこの文章に、全てが言い尽くされているように思えます。  主人公は、人付き合いが苦手な少女。自分に自信がなく、ほとんど全てのことをネガティブにとらえます。そっとひとりにしておいてほしいのに、クラスの人気者の少女が近づいてきます。そのことを、喜べない、どうしてよいかわからない。  高校生活なんて、もっと気楽で、怒りや悲しみや寂しさがあって当たり前。なのに少女の心を通すと、どうしようもなく繊細で、身動きひとつとれません。「普通にしてたら大丈夫」、でもその「普通」がわからない。おそらく、彼女はアスペルガーと呼ばれる発達障害なのでしょう。一人きりで、何かに没頭できれば幸せなのに、高校生活はそれを許しません。みんなと食べるお弁当の時間、ただそれだけのことが、彼女にとってどんなに苦痛なのか、作者の表現力は、その不自然さ、不自由さをリアルに描写します。優れた文章力です。  もうひとり、雪のように色白の少年。おそらく、性同一障害なのでしょう。心ない先輩に従って、親友もつい少年を傷つけてしまいます。  普通の生活や人間関係が、繊細な心の人々にとって、どれほど痛みを伴うものなのか。そのことを、これほど説得力のある文章で表現できる作者が、他にいるでしょうか。  タイトルの「羽化」、セミがサナギから成虫になる、神秘的なメタモルフォーゼ。生物学用語では本来「変態」なのですが、作者は美しい言葉を選びました。でも、少女は何か変わったのでしょうか?変わることができるのでしょうか?それとも、羽化とは美しい幸福な変身ではなく、いやでも訪れる運命なのでしょうか。雪のような少年にとって、羽化とは性の転換にあたるのかもしれません。  静かな文章ですが、簡単に書けるテーマではありません。名作だと思います。

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