倉橋

結論の出ない「取り合い」社会への思い
今回のコンテストのテーマは「取り合い」である。 作者はテーマ通り、「取り合い」で成り立つ販売業界の一断面を、ベテラン販売員の視点を通し現実そのままに描いた。 作者はエッセイなどで自分の仕事に言及しており、恐らく経験とまではいえないまでも、自分が実際に見聞した出来事に若干の批判を込めストレートに読者に投げかけたのだろう。 だからここには、読者の期待するような「妄想」は存在しない。ベテランの販売員が成績を伸ばして年下の店長を見返すハッピーエンドはない。読者は、自分たちの置かれた厳しい現実を再認識し、やり切れない思いのまま読書を終了することになるだろう。 定年による再雇用が定着していくなかで、こうした思いを抱く人間は、ますます増えていくだろう。 「妄想」のない苦い現実がありのままに描かれた苦い小説ではあるが、若干の救いはある。 要領のよさと足の引っ張り合いの勝負なら、若者にかなうはずもない。だが今は勝者の若者もいずれ年をとる。その時には、自分が若者のパワーの前に惨めにひれ伏すしかない。いつまでも本当の実力が伴わない勝利が成り立つはずもないのだ。小説に出てくる若い店長と、強引さで実績をつかみ取った松本の二人が、いずれたどる惨めな運命である。 だが世の中には要領だけで渡っている人間ばかりではない。 作者は靴磨きの青年に、本当の販売員の理想を描いた。そうした若者の存在が作り上げていく新しい世の中への希望を託した。しっかりと大地に足のついた働きがいのある会社や店舗というものは、こうした若者達の努力で将来実現していくかもしれない。 我々読者の回りに「靴磨きの青年」は存在するのか?それとも自分が、そうならなければならないのか? この小説の「妄想」は、作者から読者に託されているのだ。
1件

この投稿に対するコメントはありません