布原夏芽

心の表面の「聞かないで」を取り払い、奥底の「聞いてほしいかも」を引きずり出した人
 両親の離婚という重い冒頭に覚悟して読み始めると、順調に学校生活を送っている主人公の姿に拍子抜け。あれっと思いつつ読んでいるとすぐに、不自然なほどに明るい彼女に気付かされます。それも表面の会話どころか、心の声までもが。  誰にもどうしようもなかった弟の死という悲劇を経て、自分を騙し生きねばならなかった少女の苦悩が隠されていたんですね。真相がわかるにつれ、一人称視点で書かれている地の文がじわじわと効果的に働いていることに唸らされました。  傷心したのは両親も同じで、同じ悲しみを背負う家族として慰め合えたら、物語は変わっていたことでしょう。賢くて優しい両親が娘の虚勢に気が回らず自分のことでいっぱいになるほどに、一家にとっての大きな傷だったことがわかります。  どこにも吐き出せない思いを閉じ込めてしまった主人公にとって、心の表面を巣くっていた「聞かないで」を取り払い、奥底の「聞いてほしいかも」を引きずり出した人との出会いは、まさしく幸せを取り戻す始まり。父親が元通り戻ってくるなどという甘っちょろい展開はないけれど、その穴を埋めるショウマさんという存在は、主人公にとっての救いだったのですね。  取っ散らかった不純喫茶とファンクなお兄さん。そのちぐはぐさが、主人公にきちんとしていなくてもいいと予感させたのだろうと思います。品行方正な母親との模範的な家庭に疑問を挟む第一歩だったのだと、読み返して感じました。  パンが大切な役割を担う本作ですが、主人公が自然に笑えていた頃の幸せの象徴がパン。そして、幸せを取り戻して『新しい自分』を手に入れるきっかけもパン。そう考えると、最初に焼き立てパンの記憶をくれた父との過去が肯定されたようにも感じられ、心地よい終幕でした。
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布原さん 誤字の報告頂き、また素敵なレビューも頂きましてありがとうございます🌟(全然とっ散らかってないです😃小説が上手な人ってレビューもうまくまとめられるんですね💦) そして、布原さんもパンを作られるという事で少しお近づきなれた気がしてとても嬉しいです。 マドカはちょっとかわいそうな女の子。だけど、よくありがちな「無理解な親のせいで辛い思いをしている哀れな子供」という構図にはしたくなかったんです。 母親もすっごい真面目で善良。ほとんど登場しない父親も賢くて優しい人。だけどどういうわけかマドカの心にしこりがあって、それをぶっ壊す第三者がショウマ。 家族は元通りにはなりません。弟が死んだことも
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