丸井とまと

眩しくて優しくて切ない物語
太陽の光を浴びることができない呉野くんと、夕方だけ記憶が抜け落ちてしまう吉瀬さん。そんな普通ではない特別なふたりの紡ぐ物語。 選択美術の時間と夕方の時間を共に過ごすようになり、距離が縮まっていくものの、吉瀬さんだけがふたりの夕方の記憶を忘れてしまう。忘れてしまうことも忘れられてしまうことも、どちらも切なくもどかしいです。 繊細で瑞々しい十代の心の揺れが丁寧に表現されていて、そしてふたりが抱えている現実はあまりにも重たくて苦しい。それぞれ異なる症状ではあるものの、バイトができないことや友達と気兼ねなく遊べないなど普通の自由が許されない共通点があります。未来ある十代の子たちのはずなのに、将来への希望を手放しに持つことは難しい。 それでもふたりの日常が交差し始めたことによって、未来ではなく今を懸命に生きていく彼らの姿がとても眩しかったです。 章タイトル一つひとつが素敵なのですが、最終章はタイトルと同じもので、ラストで意味が明かされて切なさとあたたかい気持ちが広がりました。太陽の光を浴びることができない呉野くんにとって、吉瀬さんは唯一浴びることのできる光りだったのだろうなと、タイトルを改めて眺めながら感じました。 そして夕景の描写がとても綺麗で映像で流れるようにイメージが湧きました。 薄暮と呼ばれる橙色に染まる時間帯にひとりでぼんやりと空を眺めたくなりました。優しくて切ないお話です。
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