蘇芳

すぐ隣にいそうな人々
「平凡だけれど決して無個性ではない人々」を細緻に描き出す文章には、作者の観察眼に宿る厳しさと公平さ、あるいは文筆家としての誠実さに思いを馳せずにはいられません。 芸人の夢をあきらめきれない主人公。 その語り口は、いい感じに肩の力が抜けていて、まるで親しい友達と話しているかのような良い意味での「敷居の低さ」があります。 バイトを掛け持ちし、もやしばかりの極貧生活。 約束に遅れてきた相方がお詫びに差し出したのは、コンビニでよく見るチョコレートの駄菓子(おいしいけど)。 公園の街灯の下で幾度となく繰り広げられてきたであろう光景が、すっと頭の中に入ってきます。 もしかしたら彼らは自分たちのすぐ近くにいて、どこかの公園の街灯の下でコントの練習をしているのではとさえ思ってしまうほどです。 だからこそ、状況が一転する中盤以降の描写は殊更に目まぐるしく、急激な変化に喜び、また戸惑う主人公のすぐ隣にいるような気分でした。 終盤、いろいろあって彼らは元の場所、夜の公園の街灯の下に戻ってきます。 彼らふたり、特に相方の少しだけれど確実な変化に、眩しさや感慨深さを感じました。 すぐにでも自転車を走らせて夜の公園に向かって、練習中の彼らに声を掛けたい。 「がんばれよ!」って。 あまりにも現実味のある彼らの息遣いに、これがフィクションであることを忘れかけるほどでした。 とても印象深い話を読ませていただき、ありがとうございました!
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