はーこ

心優しき少女は、『狂気』にのまれる
負傷兵の手当をする女学生のお話でしたが、無償の慈愛だとか奉仕精神とは無縁の展開に、衝撃を受けました。 爆撃の最中、のり子は負傷兵を置いてゆくことをためらう心優しい少女ではあったのですが、一瞬のうちに友人の小夜子を失い、自分を引き止めたあなたのせいで友は死んだのだと、つい先ほどまで気にかけていたはずの負傷兵を責めます。矛盾しているようで、当然の心の動きだとも理解できてしまう。それほど小夜子の死は、受け入れがたいものだったのでしょうから。 その後の「小夜子の代わりに生き永らえたこの男の最期を見届けてやろう」と、皮肉をまじえた思考に至ったのも、戦禍の真っ只中という極限状態が原因なのでしょう。この人はどうせ死ぬ。自分もすぐに小夜子のところへ行く。自暴自棄になってしまったのり子の感情のひとつひとつが、生々しいです。 そしてラスト、死にゆく負傷兵にせめてものたむけとしてモルヒネを打ち、幻覚に見舞われた彼の『母』をのり子が演じるシーン。これも、ある種の狂気がなければうまれなかった光景ですね。誰も正気じゃない。狂気にあふれているのに、負傷兵が事切れたその瞬間は、何故か胸にしみ渡るような不思議な感覚を覚えました。 戦争下という心身ともに極限の状態で、さらけ出された人と人との想いのぶつかり合い。平和な現代に生きる私では、想像もつかないような世界でした。時代に翻弄された彼らが来世で大切な人たちと幸福に過ごせることを、願うばかりです。
1件

この投稿に対するコメントはありません