捨てる強さ、捨てない強さ
 主人公は高校生の時に人生の転機を迎えた。  警察に補導され、運よく釈放されたものの学校には戻れず、無為の日々を過ごしていると、テレビで「髪を売る」少女たちの存在を知ったのだ。画面の向こうで少女は、「教科書が買えるから」と、自分の持つ唯ひとつの金銭的価値を生み出す「長い黒髪」を売っていた。  少女の故郷は特産品もなく、ろくな作物も出来ない貧しい農村だ。子供に教育の機会を与えるという当たり前のことが、その地域では家計の大きな負担となるほど貧しく、さらに教育が行き渡らないことによって貧困からの脱出が出来ない、という悪循環が起きている。  東洋人の少女の髪は質が良く、高値で取り引きされるという。だが髪の毛を買いにくる業者は相手の足下を見て、安く買い叩いていく。それでも少女は教育を受けたいと願って、自分の身体の一部、大事な髪を切って売るのだ。  アフリカの紛争地域で取材したドキュメンタリーでも、やはり10代の少女が「教育を受けたい」と、訴えていた。「教育を受けることだけが、私の置かれている状況から抜け出す唯一の方法だから」と、その少女は語った。  主人公が見た画面の中の少女は、必死に足掻いていた。それと比べて自分は何をしてきたか。  母子家庭とはいえ高校に通い、おしゃれをして髪を染めている自分が頭につけているエクステが、少女の売ったそれであると知った時、彼女は強い衝撃を受けた。自分に強い嫌悪感を覚え、乱暴にハサミで切り離して捨てようとしたエクステ。でも、主人公はそれをゴミ箱に投ずることが出来なかった。嫌なものでも、「捨てない」道を選んだのだ。そして美容師となる決心をする。  この作品のよいところは、主人公の母娘の関係と美容院に来た客の母娘の関係が対比されているだけではなく、客となった女性とその娘がそれぞれ、主人公とやりとりをすることによって、読者があれこれ考えを巡らせるという点だと思う。  美容師になった動機は何か? なんでお母さんの髪の毛を切るのか?  主人公は問いに対して、必ずしも真実を伝えない。だが、母娘はその答えで納得をする。それはおそらく質問が真相を問いただすものではなく、この人が「髪を大事にしてくれる人かどうか」を尋ねていたからではないだろうか。  主人公はどんな時でも、髪を大事にしてきたのだと思う。おそらく彼女の母親がそうであったように。
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はやくもさん、素敵なレビューありがとうございます☆ すごい内容に、作者の私も感心してしまいました😅
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