「雨音」 嵐が来てよかった。 橋の下。 川の横。 河川敷。 段ボールに背を向けて、私は歩く。 「仕方なかったんだ」 つぶやきは、口から出した途端に雨音に打ち消された。 嵐が来てよかった。 雨の音の音が聞こえる。 風の音が聞こえる。 ダンボールの中から聞こえる泣き声は聞こえない。 「そう、仕方なかった。私は悪くない」 カッパのフードを深くかぶる。 私だって本当は捨てたくなかった。 けど、仕方がない。 仕方がない。 耳をふさぐように、顔を隠すように、カッパのフードを深くかぶる。 人に見つからないように。 嵐の中を、豪雨の中を、強風の中を、決して後ろを振り向かないように、歩く。 「仕方がなかった。私は悪くない」 河川敷を登り切り、段ボールが全く見えない場所まで来て、つぶやく。 そして、次の瞬間。 私は道路に倒れ伏していた。 体が痛い、雨が冷たい。 道路の水が、カッパにしみていく。 車に轢かれたのだと、遅まきながらに気づいた。 「たすけて」と唇を動かしたが、その声は、段ボールからあげられた泣き声と同様に、雨の音にかき消された。 「仕方がなかったんだ。俺だって轢きたかったわけじゃない。 嵐で前が見えづらくて、この人がこんな見えにくい格好をしてたから。 そうだ、仕方がなかったんだ。仕方がないんだ」 雨と風の隙間をぬって、聞こえる運転手の声を聞きながら、私は意識を手放した。
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