「雨音」 先日死んだ男の話をしたい。 その男と出会ったのは3年前。 短期のバイトでたまたま一緒になった男だった。 「なんとも、無口な男だなあ」 目の前の男が、言った。 俺は、ぎょっとして、ペラペラと動かしていた口を止めた。 バイトの昼休憩で、俺と男は一緒に支給された弁当をとりながら適当に話をしていた。 話をしていたといっても、もっぱら話をするのは俺だけで、男の方は相槌を打つばかりであった。 だというのに、男は「無口な男だ」と言った。 そして、それは、俺が目の前の男に対して、今まさに思っていたことそのものだった。 「おっと、すまん。もしかして、俺は今何かを言ったか?} 急に黙った俺を見て、男はバツが悪そうに言った。 「覚えていないのか」 「ああ、やっぱり何か言ったか。 すまんかったな。昔から、無意識に独り言をしてしまう癖があってなあ。 何をどういう風に言ったのか。まるで覚えていないんだよ」 「あんたはさっき、「なんとも、無口な男だなあ」と言ったんだ。 それは、俺がちょうど俺があんたに対して思っていたことで、びっくりしてしまった。 本当に、なにも覚えてないのか?」 俺の言葉に、男はぼりぼりと頭を搔き、眉をハの字に下げた。 何も言わぬまま、コクリとうなずく。 俺は、なんとなく興味を惹かれて、男に聞いてみた。 「こういうことがよくあるのかい。よかったら、少し話を聞かせてくれよ」 つづく

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