つづき 男が言うことには、この奇妙な独り言は中学生のころから出始めたらしい。 中学の進学で、周りになじめず黙るようになった。 教室の隅で、黙って授業の復習などをしていて、周りもそんな男にあえて関わろうとはしなかったらしい。 けれど、時々だが。男がふと気づくと周りが男を見ているということが、怒り始めた。 最初は気のせいだと思っていたが、徐々にその頻度は増え、男は目に見えて周りから遠巻きに見られるようになっていた。 しかも、それらの目には、怯えが混じっている。 不審に思い、男は何があったのかを聞いた。 心を読まれるみたいで気持ち悪い。 そう言われたらしい。 みんなで話をしていると、ふと、男が何かをつぶやく。 そして、それは話している人間が、思っていて敢えて口に出さなかったり、決して人に伝わらないように黙っていることだったりするのだという。 同級生の話を聞いて、男はますます口を開かないようになった。 気味悪がられるのは嫌だったし、無意識にそんなことを口に出しているというのが、自分自身でも気味悪く思ったからだ。 しかし、その後も独り言を止めることはできなかった。 いくら口をつぐもうとも、独り言は無意識のうちに出る。 男の意志で、止められるようなものではなかった。 「一時は、口を縫い付けてしまうかと、本気で考えたもんさ。 大人になってから、少し落ち着いたけどな。 それでも、さっきみたいに、ふとした拍子に独り言が出ることがある。 今回は相手があんただったからよかったが。 これが、取引先だったとすると、分かるだろ?」 男の言わんとすることはよくわかった。 ビジネスの世界では、裏表を使い分けてなんぼ。 腹の中を隠して、お互いが建前を建前として交渉を進める。 だというのに、男の独り言はその建前をぶち壊し、腹の中に隠された本音を引きずり出すのだ。 取引先としてはたまったものではないだろう。 「そんなわけで、こうして閑職に飛ばされたわけだけど。 この独り言とも長い付き合いだからな。もう色々とあきらめちまったよ」 男が苦笑した。 俺は、頭の中で男の話を反芻していた。 似たような話を、昔聞いたことがあったのだ。 「それは、声漏りかもしれないな」 つづく

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