「夏の夜」 夜の空に、きらりと一粒、光が舞った。 最初、俺は星が落ちてきたのかと思った。 蒸し暑い夜だった。 落ちてきた光は、手のひらの上で跳ねて、こぼれそうになった。 慌てて掴んだ掌の中で、光はひんやりと体温を奪っていった。 「雪?いや、雹か……、まさかな」 今は八月の中旬。 雪が降るのは半年以上先だろう。雹も同じだ。 なら、この掌の中の冷たいものは何か。 「真珠の指輪」 「すいませ~ん。それ、けが、ないですか~!」 川の向こうで女が手を振っている。 若い女だ。 こんな夜更けに一人。危機管理がなっていないのだろうか。 女は近くの橋を渡って、こちらへと走ってきた。 「はあ、はあ、すいません。人がいるとは思わなくて」 「気にするな。ほら」 差し出した真珠の指輪に、女はちらりと目をやった後、すぐに首を振った。 「いえ、やっぱりいいです。迷惑料だと思って、もらってください」 俺は一つうなずくと、手の中の指輪を川の中にぶん投げた。 「ええええええええええええええええええええええええええ!」 「どうした」 「いや、え?あれ?高かったんですよ!」 「俺がもらったものをどうしようと勝手だ」 「そうですけど」 「どーせ、元カレにもらったとか曰くつきのもんだろ。捨てるに限る」 女は、しばらく呆然として笑い出した。 「やっぱり。私も捨てちゃうと思ってたんですよ。 でも、たまたま、私が投げた指輪を、たまたま、貴方がキャッチするなんて。 運命的。とは思いませんか」 やっぱり、この女は危機管理が足りていない。 忠告するべきだろう。 「この程度に運命とか言ってると、騙されるぞ」 「いえ、それはありません」 数か月後、その女と俺は交際を始めることになり、俺は女の言葉の意味を知った。 運命などではなく、この出会いが女によって仕組まれていたこと。 騙されたのは俺の方だったのだ。

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