「兄弟」 「それで、あんたは家も畑も財産も、全部あにきにやっちまって、一文無しになったと」 「仕方がないだろ。 兄貴には家族がいるんだし、要領もいい。仕事の先だってあるんだし、借金さえ返せば人並みに生活できるんだ。 子供もいないし、先のない俺が財産だけ持ってても意味がないだろ」 「そうは言っても、あんた。 家を捨てて都会に出て、それから親の死に目にも帰ってこなかったあにき相手に。 30年間ずっと守り続けてきた先祖代々の財産を全部やっちまうかね」 俺は、理解できないなあ。とタバコをふいた。 「財産なんてあっても、そこに人がいなけりゃ意味なんてないよ。 俺が生き延びてもそこまでだが、あの人が生き延びりゃ、血は続く」 「ふん。双子牡丹みたいなこと言ってら」 「双子牡丹?」 「花の名前さ。別れ牡丹とも呼ばれる特殊な牡丹だよ。 その牡丹は二つが連なるように咲くんだが、片方はもう片方がより目立つように自分が目立たないような咲き方をする。 そして、目立つ方の牡丹が受粉すると、次は自らの持つ養分を全て明け渡し、落花する。 種の存続のために日陰者として生きて、自分自身までも相手に渡し、おいしいとこを全部持っていかれる」 そこで、俺は、一度相手の方を見た。 男は、なにか、ピンと来てない顔でこちらを見ている。 それに俺は、腹が立った。 「まるで、あんたは、その落花みたいじゃないか」 侮辱ともとれる言葉。 それを聞いて、男は微笑んだ。 不思議と誇らしげで、後悔のない。 まるで、一仕事終えて肩の荷を下ろし、家に帰ってきた時のような、そんなやり遂げた微笑みだった。 「下から咲き誇る片割れをみるのもな。悪くないものなんだよ」 その後、男の兄に生命保険の保険金が支払われた。 保険金は全て借金の返済に使われたという。 牡丹は咲き続けるだろう。 片割れがあったことなど、忘れたかのように。

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